つばめ来る時になりぬとかりがねは本郷(くに)思ひつつ雲隠り鳴く(万葉集・巻19・4144大伴家持)

つばめがやってくる季節になってしまったよ、とかりがねは故郷を思いながら雲の向こうに姿を隠しながら鳴いている。かりがねは故郷へ帰っていくのだなぁ。


「玄鳥至」は「鴻雁北」と対をなす候ですね。

雁が隊列を組んで飛ぶさまは、『枕草子』でも妙なるものとしてとりあげられるほどの風情です。
「かりがね」は古来詩歌で好まれた鳥ですが、燕はそうではなかったみたい。
泥で巣を作ったり、虫を好んで食べたり、その習性が賤しままれたためでしょうか。
この点においては、雀よりも卑しい鳥と考えられていたようです。

房総半島の昔話に、こんな話があります。

…あるとき、神様が雀と燕を呼んで、「お前たちの親が今にも死にそうだ。早く見舞いをするように」といいました。

その中でも特に雀は、「これはたいへん、はやくいってお見舞いをしなければ!」と取るものもとりあえず飛んでいきました。
一方燕は、「たいへんなことだ、親の最期におかしなかっこうはできない。きちんと身支度していかなければ」と身なりを整え、目元にお化粧をしてでかけました。

雀は無事に親の死に目に会えましたが、燕はすんでのところで親の死に間に合うことはできませんでした。

これを聞いた神様は「雀よ、おまえは何と親孝行な鳥なのか。これからは人と同じ、米をたべてもよいぞ」と雀をほめました。
一方燕には、「お前は見た目のことなど気にしていたばかりに、親の死に目にまにあわないとは怪しからん。なんと親不孝な鳥なのか。これからは虫と泥以外をたべてはならん。そして米が実る季節にこの国にいてはならん!」と怒りました。

それ以来、燕は虫と泥をついばみ、お米の季節にはいなくなってしまうのですって。…


鳥が何を食べているのか、そういうことにまで目をとめていた昔の人には頭が下がります。
しかし米は尊くて虫は下賤、というのはいかにも人間的ですよね。
きっと鳥にとっては、虫はおいしい栄養源。燕もきっと喜んで食べていることでしょう。

さて、先だって千鳥ヶ淵にお花見に参りましたら、すでに沢山のつばめたちが飛来していました。

燕、飛行速度が速すぎてなかなかいい写真が撮れません。


ちいさくぽつりと。わかりますかね~~??
しかし「名にし負はばいざ訪ね見む千鳥ヶ淵つばめの姿ありやなしやと」と詠みたくなるような風情でした。
やっぱり今年は、花にも鳥にも季節の進みが早いようですね。