ほととぎす鳴くや五月のあやめぐさあやめも知らぬ恋もするかな(『古今和歌集』詠み人知らず)

ほととぎすの鳴く五月、その五月のあやめ草ではないけれど、整然と糸目の通った文目とはほど遠い道理に合わない恋もするものだなぁ。


アヤメの花が美しい季節になりました。
水辺に咲く紫の花は高貴でありながら何とも涼しげで、梅雨の重たい空気を祓い清めてくれるような気すらします。
「あやめ」は花脈の模様が美しい網目を広げたようになっており、そこから織物の織り目を表す「文目」からその名が付いたと言われます。

古語に、道理に合わないことを表す「あやなし」という言葉がありますが、これもものごとが織物のように規則正しい繊維の目が無い状態をいったことから出た言葉。
アヤメはこの「あやなし」という言葉への連想も相まって理性では抗えない道理に合わない恋心を歌い上げる景物として和歌に詠まれるようになりました。

アヤメを漢字で書くと菖蒲ですが、ご存じの通り端午の節句に用いるショウブとはまったくの別物。
葉がよく似ていることから、早くから混同されていたようです。

しかし、アヤメの興味関心の矛先が花にあるのとは対照的に、ショウブについて貴族たちが興味を持ったのは根っこの部分。
ショウブの根を引いてきては、その根の美しさを競う「根合わせ」という遊戯も行われました。
なんとも素朴です。

アヤメもショウブも、水辺の泥(こひぢ)の中に生えることから、「恋路」との掛詞と合わせて詠むことも。

理性で止めることのできない、泥沼状態の恋ということなのでしょうか・・・なんとも、なんとも。

アヤメの花の高貴さや優美さ、そしてショウブの清らかな香気からはかけはなれたイメージです。

でも・・・今も昔もギャップがあるからこそ心惹かれるってありますよね。
自分とはまったく違うタイプなのに・・・とか、印象と実際がかけはなれているところが・・・とか。時には何でこのひとがあの人と?とか。

今も昔も、「あやめも知らぬ」というのが恋の王道なのかもしれませんね。

(写真は皇居東御苑のハナショウブ。緊急事態宣言が明けた日に見に行ってきました!)