伊香保ろの八尺のゐでに立つ虹〈のじ〉のあらはろまでもさ寝をさ寝てば(『万葉集』3414・東歌)

伊香保の高い堤に立った虹が、はっきりと人目について気取られるくらい、君と幾夜も共に過ごせたらいいのに・・・。




虹には古来様々な言い伝えがありますが、季節を測る天体現象の一つとして注目されてきたのですね。
温かくなり、太陽の光が十分強まってくる季節だからこそ見える現象ですが、そのメカニズムが理解される以前は雨の後に現れる不思議な現象でした。

人間の興味関心の深さを示すように、世界の各地に様々な伝承があります。


日本では『古事記』の国生み神話の中に出てくる「天の浮き橋」という表現が虹のことを指しているのではないかという説がありますが、エピソードとしては天之日矛の日光感精神話も虹の神話として知られています。
太陽の光が虹のように輝き昼寝中の女の陰部にさし込み、それによって受胎したというもの。

異類婚姻譚は神との婚姻の象徴としてもよく用いられるモチーフですが、この「虹」による受胎はより一層神性の高い出来事として描かれているように思われます。

ここでは異類も異類、天上界に住む龍との婚姻を連想させるエピソードなのですから。

虹は天上界と人間界をつなぐ存在として、神話の世界にさまざまに登場しているのですね。

さて、七色に美しい虹ですが、この美しさそのものを日本人が認識したのは虹を肯定的に捉える西欧の価値観に触れた近代以降のようです。

それまで文学作品のモチーフとして好まれるということはなく、詠み込まれている和歌も非常に少ないです。

「虹」は歌に詠むにはあまりにも畏れ多きに過ぎて、(あるいは導き出されるイメージが「蛇(男性器のメタファー)」など「雅」とはかけ離れたモチーフであったためか)和歌の世界で敬遠されたのもなんだか腑に落ちるというものです。

しかし冒頭の和歌はわかりやすすぎるくらい素直でたいへんよろしいといえるかもしれませんね(笑)

万葉のおおらかさを感じる和歌なのでした。