またまたご無沙汰してしまいました!汗


工房をオープンして動き始めたばかりなのですが、皆さまに安心してお越しいただける日まで、3月末より金継ぎ教室と店舗をお休みすることにいたしました。

1日も早く、マスクなしでお教室再開、そして、皆さまともお会いできる日が来ますように。

それまでは、ご依頼品のお直しと商品づくりに励みます!


金継ぎは割れや欠けを景色として再生し愉しむものですが、江戸時代には修理跡が目立たない修理方法「焼き継ぎ」があったことをご存知でしょうか?


「焼き継ぎ」別名「硝子継ぎ」は、白玉粉と呼ばれる硝子の粉とフノリで作った糊で割れを継ぎ、七輪のような炉で熱して溶かし接着する技法です。


まだ量産が出来なかった時代には、陶磁器はとても貴重なものでした。壊れると漆で修理をしていたのですが、江戸時代には、漆継ぎよりも安価な「焼き継ぎ」が庶民の間で広まったそうです。


「焼き継ぎ屋」は、天秤棒に道具を下げて町を回り、修理をします。器の裏面などに、どこの家のものなのか分からなくてならないよう付けられた、継ぎと同じ材質の数字や文字がよく見られます。


瀬戸物屋が商売にならなくて大変だった程、焼き継ぎ屋は繁盛していたと言われています。


↓白いガラス質の跡が焼き継ぎです。

この跡を金継ぎにするのが実はすごーく大変。丈夫すぎて、なかなか削れないのです😅そのくらい頑丈なので、150年くらい経った今でも十分に使用可能!


その後、量産が可能になり、安価で陶磁器が手に入る時代となり、明治時代には焼き継ぎ屋はほとんど見られなくなったそうです。


江戸時代の川柳を一句。

焼き継ぎ屋 夫婦喧嘩の門に立ち


我が家は仲良くしています。笑