人知れず思へば苦しくれなゐの末摘花の色に出でなむ(『古今和歌集』よみひと知らず)

人知れずあなたのことを思っていると苦しいです。あのあざやかな紅の色になる末摘花のように、いっそこの恋心を顔色に出してしまいましょう。





紅花の異称「末摘花」は、染料名の「くれなゐ」とも呼ばれる通り鮮やかな赤い色を染めるために古くから愛されてきたました。

「紅」はその染料の貴重さからも奢侈のひとつと考えられ、何度も時の為政者から禁令が出されてきた色でもあります。
しかしながら、いつの時代もこの色の吸引力は強力で、幾度禁令が出てどんな罰則があっても必ず破る人が出るほどに憧れの色でもありました。

そのせいか、古くは植物名としてというよりも染料名の「くれなゐ」として登場することのほうが多く、やはり植物としてというよりもその色あいへの認識のほうが強かったのではないかと思わされます。

「末摘花」の呼称は『万葉集』に一首のみしか登場していないことから、この呼び方が一般的になったのはもう少し後のことだと考えらているようです。
染料とするために先端の花の部分のみを摘み取る所からの命名でというのは、文字通りですね。

歌語としては、ポピュラーなモチーフではないものの恋愛への連想と結びつくものとして捉えられてきました。
美しく色を「染め上げる」「色を出す」ことから燃えたつ恋心を、花の色の「移ろい」から心変わりを、そして悲しみの涙「紅涙」の連想から恋の辛さを・・・。
恋愛の微妙な機微をとらえる植物として、人の心に寄り添っているといえるかもしれません。
もちろん、恋心を表すだけではなく、その色合いからあざやかさの喩えとして用いられもしました。

今回の歌は、恋心を隠して苦しむよりもいっそ顔色に出してしまおうという詠み手の心と紅の色を出す紅花のありようが重ねられています。
頬を染める血潮の色が、まさしく紅の色なのでありました。

さて、今となっては「末摘花」は『源氏物語』に登場する姫君の名で有名です。
この姫は紅の染料さながらに高貴な生まれながらも、「べにばな」の名の通り鼻の先の赤い特異な容貌の姿を連想します。
物語の中ではとんでもない不器量な姫君という設定ですが、実は彼女はハーフだったのではないかという説があります。
痩せぎすの高身長、高すぎる鉤鼻、その鼻の先が寒さで赤くなっている・・・という描写は西洋風な容貌です。

彼女のモデルとなったと思しき人物は平安時代初期を生きた源邦正。
『今昔物語集』では、彼の容貌もやはり色白で不器量と描写されます。
公的記録では彼の両親ともに日本人ではありますが、彼の父、重明親王は渤海との貿易にも深く関わった人物であったため、そうしたこともありえない話ではありません。

と、いろいろにロマンのある話ではありますが、いずれにしても光源氏をはじめとした当時の人々にとって末摘花や邦正の見慣れぬ容貌は「奇異」のものであり「稀有」のものとは映らなかったようですね。
もしも彼らの生きた時代が現代であったのならば、その日本人離れした容貌は稀有な美しさとして「くれなゐ」のように憧れの対象になっていたかもしれません。