[涼やかな浴衣姿/綿麻素材を縦に職人がぼかし染めしたもの]


コロナ禍の影響もあり例年に比べると外出が少ないために季節の移り変わりを自宅周辺で感じることが多い今日この頃。木下着物研究所の木下勝博です。


さて、早いもので6月も今日で終わり、明日から7月が始まります。


前回、季節と着物の関係について「あたらしい着物暦」という考え方を紹介させて頂きました。温暖化の影響で年々暑くなって来ており、盛夏の着物を前倒しで着てゆきましょうという提案もその一つです。


7月となると名実ともに盛夏となり、着物でも洋服でも少しでも涼しい素材を身に付けたい季節ですね。


今回は自宅でも洗える夏着物の代表選手である麻の素材と日本のライフスタイルについてお話します。

[見た目も涼やかな麻/新潟県小千谷市の小千谷縮]


麻というと夏の素材のイメージになりますが、かつて麻は夏だけのものではありませんでした。江戸時代の中期頃に木綿が一般に普及するまでは、日本人の多くは麻の着物を着ていました。

現代では着物というと絹のイメージが強いですが、江戸時代中期から後期で絹の着物を着ていたのは人口の2〜3%程度だったようです。つまり、大半の日本人は、麻また木綿(江戸時代中期以降)を着ていたということになります。

[麻100%ほど透け感のない綿麻/滋賀県の近江綿麻]


ご存知の方も多いと思いますが、麻は古来から日本人の生活に根ざしたもので、衣服としてはもちろん漁具やしめ縄(伊勢神宮)などの様々な神事にも使われて来ました。戦後、GHQによりインド大麻草と国内の大麻草が同一種という判断から全面禁止となってしまいました。


麻と一言で言っても、厳密には古来から日本で自生、栽培されて来たヘンプ(大麻)と、現在衣料品で使われるリネン(亜麻)やラミー(苧麻)は違うのですが、どちらにせよ戦後、日本人の生活から遠くなってしまったものの一つに麻があります。

[着ているものも持っている反物も同じ素材の綿麻]


毎日着物生活をしていると、冬には「着物は寒くないですか?」と聞かれ、夏には「暑くないですか?」と聞かれます。現代日本人にとっては着物はとても不便なものに映っているのかも知れません(苦笑)。


[麻素材の長襦袢生地/新潟県小千谷市]


お答えとしては、もちろん素材にもよりますが、冬は暖かく、夏は涼しいと言えます。

麻の長襦袢を着て、その上に麻の着物を着ているとします。どんなに暑い夏場であっても、少しでも風があるととても涼しく感じることができます。真夏の地下鉄のホームで地下鉄を待っているときにホームに入ってくる生ぬるい風でさえ、涼しく感じるくらいです。

[夏の着物の下に着ている麻の長襦袢]


着物のお話をするときに「着物と日本家屋は同じ構造」と説明させて頂くことがあります。石や煉瓦作りの欧州の密閉性の高い家と違い、日本家屋は木や漆喰、紙などで出来ています。


湿潤な気候の中で湿度の調整ができるように、夏場は障子や襖を外し、御簾戸(みすど)や葦戸(よしど)に替え、風を通します。冬場は障子や襖で空間を細かく区切り、複数の空気の層を作ることで保温効果があります。また、それぞれの素材が呼吸をすることで湿度の調整をしてくれます。


着物も同じように、季節により重ね着の調整をします。一番暑い時期の浴衣は一枚のみだとすれば、春秋は着物の下に長襦袢を着て重ねます。冬場はさらにその上に着物コートや羽織などを重ねてゆきますが、着物は洋服とは異なり通年を通じて形が変わりません。


仕立ても盛夏やその前後の一枚の構造である単衣、冬には裏地を付けた二枚構造の袷、かつてはそれに綿を入れて綿入れとしました。


洋服の半袖や長袖のように形状を変えるのではなく、素材や仕立ての仕様を変えてゆくことで、形を変えないのが和服なのです。

ちなみに古い時代劇などを見ていると、時折お殿様の衿元が3枚重ねてある(普通は襦袢と着物で2枚)シーンが見かけることがあります。今のように暖房が発達していたわけではないので、とても寒かったわけです。当時の地位の高い方着物をたくさん重着して防寒が出来たことの現れでもありますね。

[冒頭の写真と同じものに長襦袢を着て着物として着たもの]


現代で着物生活をしていると夏場に少し困ったこととがあります。一番涼しい麻の着物を着ていると外出先でエアコンが強く逆に体が冷えてしまうことがあるということです。そのため、外出先で室内の滞在が長いときには、あえて麻100%ではなく綿麻(50%ずつなど)などの着物選びをして調整をしています。

こういう場面に遭遇すると、密閉された空気が流れない現代の住空間で袖口や衿元を閉じた密閉した服装(洋服)と日本家屋や着物との違いを実感します。コロナ禍で空気の循環がある日本の昔ながらのライフスタイルが見直されるきっかけになるかも...。