ねやのうへに雀のこゑぞすだくなる出で立ちがたに子やなりぬらむ(曾禰好忠『好忠集』)

寝室の上に、雀の声がしきりにするようだ。雀の子が巣立ちの頃を迎えているのだろうか。

前回の蝶に続き、今回の雀も古典的な和歌にはあまり詠まれてこなかった生き物です。
あまりに身近過ぎて、情趣を感じさせなかったからでしょうか。
この歌は数少ない雀を主題とした歌です。


寝室の上に巣くった雀の声を、朝まだ布団の中で雀の声を聞いているのではないかしらと思わされる情景です。
推定「なり」は音の情報を根拠に推定する助動詞。はっきりと目で見たわけではないというところがまた、起きるか起きまいか、そういうタイミングなのかしらという想像を掻き立てます。
この日常との近さが、雀というモチーフにしっくりです。


この歌を詠んだ曾禰好忠は、彼が生きた平安中期当時ちょっとした変わり者として知られていた人物のようです。
「性、狷介、自ら恃む所頗る厚く」を地でいくような人柄で、孤立していたということが伝わっています。
『古事談』などの説話には、「呼ばれていない歌会に勝手に来ちゃって追い出される」というエピソードがあります。よくよく事情を紐解くと「本当は呼ばれていたのに勘違いした公卿たちが追い出した」というのが実際のよう。なんだかこの仕打ちといい、後世のイメージといい、ちょっとかわいそうです。

一方で革新的な和歌を詠もうとする反骨心があり、一年を350首で詠んでいくという取り組みも行っています。
和歌であまり詠み込まれなかった「雀」というモチーフを主題にとりいれたのも、そうした独自の歌風を作り上げようという気概の現われだったのかもしれません。
彼が再評価されるようにったのは平安時代も後期になってからのこと。
時代を先取りした人物だったのですね。

さて、「雀」でどうしても思い出してしまうのが彼と同時期を生きた藤原実方です。
彼もまた性格が荒く、宮中で藤原行成に狼藉を働き天皇の怒りを買い、「歌枕見て参れ」と東北に左遷されてしまいます。
その後実方は事故により奥州で不遇な死を遂げます。

不遇の死を遂げたものは祟ったり、化けて出たりするものですが。。。
なんと彼が化身したものは「雀」!(かわいい)
しかし雀は東北で繁殖し、都で農作物を荒らす被害をもたらす考えられたところから、
宮中の台盤所(台所)で米をついばんでいるのは、東北で恨みをのんで死んだ実方の化身した雀だといわれるようになってしまったといいます。ここでもやはり死者の魂を運ぶのは鳥なのですね。