御園生に麦の秋風そよめきて山ほととぎすしのび鳴くなり(源俊頼)

麦の生い茂るに園に、麦にとっては実りの秋風ともいうべき初夏のすがすがしい風がそよめいて、山ではほととぎすの初音が響いているようだ。

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麦の実りの季節を「秋」という季節感をもって捉えるようになったのは平安時代の中期を過ぎた頃だといわれています。
それまでの『万葉集』と『古今和歌集』の時代には、「麦」の風景は農村における一風景にすぎず、麦の実りそのものにしみじみとした感興を覚えることはあまりなかったのではないかと思われます。


この歌を詠んだのは平安後期の歌人源俊頼。
百人一首の「憂かりける人をはつせの山おろしはげしかれとは祈らぬものを」で知られています。
子供の頃に百人一首で遊んだ時に「うか/はげ」の決まり字が印象的で、私の中で俊頼は長らく「はげの歌の人」の地位を築いておりました。
この、「はげの歌の人」であるところの源俊頼は院政期を代表する歌人であり、多くの歌合せの判者(歌合せの審判)をつとめました。

彼の著した歌論書である『俊頼髄脳』はそののち鎌倉時代の藤原俊成や定家にも大きな影響を与えたといわれています。
それほどの歌人でありながら役人としては大きく出世をすることはなく、不遇をかこちました。
この点は『新古今和歌集』を編んだ藤原定家の境遇と重なる部分があります。

源俊頼の作風はいわゆる一般的な「雅」とは異なる語や詠みぶりで、雅語にとらわれずに俗語や新語を読むことに積極的でした。
今回の歌も、麦の穂を揺らす初夏の風を「秋風」と表現したところに、その気概が現れているといえそうです。
しかし一方には古典的な初夏の歌のモチーフであるほととぎすをとりあわせてバランスをとっています。

また、麦の穂を視覚でとらえ、それを「秋風」と表現する知的感覚と肌感覚、そして最後は静かにほととぎすのしのび鳴きで聴覚的に締めくくるという構成の素晴らしさ。

思わず「はげの歌の人といってごめんなさい」という謝罪の気持ちでいっぱいになります。

この場をお借りして、深謝申し上げたいと思います。
「はげの歌の人といってごめんなさい。」