永日すらながめて夏を過ぐすかな吹きくる風に身をまかせつつ(好忠集・六月はじめ・曽祢好忠)

ただでさえ長い夏の一日を、ぼんやり遠くを眺めたりしながら過ごす。吹き来る風に身をまかせながら。


温風至る、この候が来るたびに毎年「ついに来たか・・・」という気持ちになります。
梅雨の日はもちろんまだ続くわけですが、暑さが本格化してくることに身構えしてしまう今日この頃です。
できればあくせくせずにゆったり過ごしたいものですね。

今回の歌にある「永日」は「長い一日」のこと。
「ながむ」には「物思いにふける」という意味があります。
梅雨の時期の歌に登場する「ながむ」はしばしば「長雨」との掛詞になりますが、今回は夏の日の風に焦点を当てた歌ということであえて「長雨」の意味をとらずに訳してみました。


長い夏の一日をぼんやり考え事をしながら過ごしている様子を詠んだものですが、この歌からは暑い中につかの間の涼しさを運んでくれるような風を感じます・・・というよりも、そんな風を期待してこの歌を鑑賞してしまう自分がいます。

水辺に吹く風でもなければ、夏に吹き付ける風は文字通りの湿気た「温風」。
身を任せたくなる風とはいえません。むしろ熱中症になりそうで危険です・・・。

詠み手が身を任せた風ってどんな風なのでしょうか。

あえて具体的に描かれていないので、鑑賞者がさまざまな風を想像出来ますね。

私がまっさきに思い描いたのは、実家の裏口に吹きこんできた風。
裏口は北側を流れる川に面していて、暑い夏には川風が良く通ってすずむのにぴったりな場所でした。
上がり框に腰かけて、風に吹かれながら読書することの快いことといったら。

そして滅多に経験できませんが、憧れの涼み方といえば貴船の「とこ」や鴨川の「ゆか」でしょうか。
いつか友の会でできたらいいですね!